「幸せになりたい」という欲求は、誰にでもあるのだろう。
しかし、幸せになりたいと思いつつも何をしていいのか分からない、もしくは行動できないという人が多いように感じる。
なぜこんなことを思ったのかというと、自分が自分にとって自由に生きやすく変化していっている中、周りにいる人や昔の友人などと関わるとそう感じる機会が、最近よくあるからである。
現在、私はパートナーにも恵まれ、相手はイギリスに住んでいる為ビザの関係もあり、しばらくは遠距離が続くが幸せだ。英語もパートナーとのやり取りや、旅行でのトラブルなどでは困らないくらいには話せるようになった。ほんの数年前では、考えられなかったくらいの変化である。
昔、漠然とこうなったらいいなと思っていたことを、実現していっている自分に気が付き、今後ももっともっと自分のやりたいことをしていこう、なりたい自分になろうと考えると楽しくて仕方がない。
そんな私でも一気に変わったわけではなく、少しの変化を続けていったら大きな変化がこの一年ほどで一気にやってきた、という感じなのである。
大切なことは考えることを止めないこと、やった方がいいと思ったらしっかりと行動に移すこと、ある程度は本質が見えるまで継続すること、何が自分にとって快適なのか・幸せなのかを感じることだと考えている。
これだ!と思って行動したのに、なんか違う…ということも多々あり、私は多くの失敗をした。
違うと感じたとしても諦めずに、じゃあ自分は何が本当に欲しいのか、何が必要なのか、何がやりたいのかを考え、また行動に移すということを繰り返していくうちに、やっと何が自分にとって大切なのかが見えてきたのである。
私は昔、アトピーとニキビに悩まされ、受験勉強どころではなく人前に出るのも苦痛で毎日「死にたい」と思う学生生活を送り、大学受験に失敗した後は少し引きこもっていた。
一人で生きていけるようにならなければいけない、一人でも食べていけるようにならなければいけないと考えていたので、まずは外に出られるようにならないと話にならない。そう考えて選んだのは、美容学校への進学だった。見た目を何とかすれば、外に出て人と関わる勇気が持てるかもしれない、と考えたからである。
美容は好きだが、美容学校に進学するような見た目でもなく、内面的にもそういったタイプでなかった自分が、美容学校へ進学するのはとても勇気がいることであったが、そうでもしないと自力で生きていけるようになれないと思い、必死であった。
就職活動の際は、美容師の体験入店の時点でこの仕事をやりたくないと気が付いていたが、選んだからには責任もってやらなければという理由から美容師になり、労働条件の悪さとアトピーの悪化に悩まされつつも何とか気合で一通りの技術は習得した。
そこでやっと、美容師を辞めて何かに挑戦して失敗したとしても、美容師に戻れば自分一人は食べていけるから、もっと自分の人生を快適にするために何か行動したい、と思うようになったのだった。美容師として働き始めて約6年後のことである。
時間もお金もなく、アトピーに悩まされ続ける美容師の生活が嫌だったので、変える必要があった。
そこで気が付いたのは、「私は知らなすぎる」ということである。社会や世の中の仕組みを知らないから搾取される、知らないから不利になると気が付いたのだった。
もともと好きだった読書のおかげで気が付けたが、美容師のままでは知識を得るための勉強をする時間も取れない。それならば、美容師としての生活を止めるべきだと考えるようになった。
その後、アイラッシュデザイナーとして働きつつ読書を続け、放送大学で学び、ネットから細やかだが副収入を得られるようになった。こうして勉強と実践を繰り返しつつ、次の行動に必要なお金を貯めたのである。
そして昔から思っていた海外で暮らしてみたい、もっといろんな場所へ旅行に行きたい、日本と外国の文化の違いをもっと知りたい、英語が必要だから身に付けたいという望みを叶えるため、勤め先を辞めて約4~5か月は独学で英語を学んだ。
英語はまだまだだったが、海外へアイラッシュデザイナーの技術を教えに行く講師の仕事がしたくて、その会社に採用された。…が、業績悪化のため入社後わずか3か月でまさかの海外事業撤退 笑
やけくそで2週間のセブ島留学後、アイラッシュデザイナーとしてまた働きながら英語力を磨く日々を送り、英語学習も兼ねた友人づくりの際に今のパートナーと知り合い、遠距離恋愛の末結婚に至ったのである。
ちょっとずつ、ちょっとずつ考えては行動、なんか違うと思ったら方向修正ということを繰り返し、気が付いたら現在のように「こうなったらいいなと思っていた自分」にどんどん近づいていった。
最近は「いいな」とか「すごいね」といわれる機会が増えたが、その反面、ただ愚痴や不満ばかり言っている人の多くはやってみたいと思っているだけで何もしない人だ、ということにも気が付いてしまったのであった。
「自分には無理だから」とその先を考えもしないのは、とても勿体ないことである。
「いいな」とか「すごい」と思うのは、自分にとっての「普通」とは違うことをしている人に対してではないだろうか。本当は自分もそういうことをやってみたいと思っていても、ただ無理だと諦めてしまっているだけだとしたら、すごく勿体ない。
もともとみんな普通に合わせる必要などなくてで、好きなことをやっていいはずだと思っている。
自分にとって何が幸せなのかを考え、周りの目を気にせずに行動に移すことを続けていけば、どんな形であれ自分にとって良いことは何か、に気が付けるはずである。
それを続ければきっと、自分が抱える生きづらさは薄まっていくのではないだろうか。