あれから10年

3月11日。東日本大震災・福島の原発事故からもう10年経つ。

朝に見たBBCのニュースでも、現在の福島の様子が流れていた。綺麗に立て直された堤防と穏やかな海とは対照的な、震災・津波の被害を受け10年経ってもボロボロのままの個人所有の建物、汚染土のフレコンバックの山、日本ではあまり見かけなくなった原発爆発時の映像。

日本語ではなく英語でFukushimaの状態を検索してみると分かるが、日本のニュースでは見かけない写真や映像が見れるので、日本に比べて海外のニュース映像の方が原発災害のヤバさを実感する。つくづく思うのが、日本の報道は現実を見せずに政府が見せたいものを見せているよなあ、ということだ。

ネットで見かける日本のニュースの多くは、個々人の震災の被害の振り返りと、頑張って復興に向かって進んでいます…的な、感情に訴えかけるものが多い。海外のニュースの方が今のリアルな福島の姿を映していて、復興の進み具合や原発の現状に向き合える気がした。

日本は今もまだ、原子力緊急事態宣言が発令されたままだ。10年経っても緊急事態は収束されていないのに、復興五輪をやろうとしていたのだから狂っていると思う。現実に向き合わずに、復興が進んでいると見せかけるために10年も誤魔化し続けてきた。日本政府はこれをいつまで続けるのだろうか。

10年前の震災の時、私は美容師として働いていたが自分の生活のことで精一杯で、被災地を支援しようとか現場を見に行ってみようとか、そういった行動は全く起こせなかった。

被災し身近な人を失ったわけでもなく、原発に対する知識もなかったので、あまり危機感はなかった。支援が必要なところには政府やボランティアの手が届くだろうし、私にできる事はなく自分の面倒を見るのに手いっぱい。とにかく早く日常が戻ってほしいと思っていた。

電車が止まっているから働きに行けない、計画停電もあるし仕事に影響があればその分給料が減る、この状態がいつまで続くのか、月々の支払いができるだろうか…と不安だった。こういう自分の現状が…何というか、惨めだった。

自分の現状が惨めだと気が付いたのと同時に、原発の対応で日本政府は信用できないと思うようになった。強烈に違和感を覚えたのは、電車内一面に張り巡らされた「福島を食べて応援」の広告だ。日本政府からの発表を馬鹿正直に信じていたら、自分の身も守れないのではないかと思い、自分でこの情報は本当かな?と調べて考えるようになった。

東日本大震災と福島の原発事故で、私に起きた大きな変化はこれだった。政治が自分に与える影響をよく考えるようになった。

漠然とではあるけれど、生き方を変えないといけないのではないかと思った。このままじゃいけないと。

最初は自分の無知を恥じるところからスタートしたが、日本の政治、歴史、経済などに目を向けるようになり、学べば学ぶほど面白い発見があったり、自分ではどうにもできないことに絶望したりで忙しかったが、日本の社会がどのように動いているか、その中で自分はどう生きたいかをよく考えるようになった。

残念ながら私は学歴もなく、お金もない、しかも女性。そんな私の立場では、日本の社会構造の中でそこから這い上がるのは至難の業で、どう考えても私にとって明るい未来なんて描けなかった。日本の政治は変えられないし、自分が産まれつき持っているこれらの立場も変えられない中で、それならどうすればこの立場から抜け出せるのかを考えて行動してきた。

10年後の今、10年前に信用できないと感じた日本政府から離れイギリスで暮らしている。上記のように「日本の社会がどのように動いているか、その中で自分はどう生きていきたいか」を考え行動し続けた結果、イギリスに来ることになった。日本では明るい未来を描けなかったのだから、予想外の国際結婚でも日本から出たのは当然かもしれない。日本から出てしまえば、日本での立場なんてどうでもよくなる。

東日本大震災と原発事故が無かったら、あの時の違和感を無視していたら、今みたいな生き方は出来なかっただろうなと思う。

住むのに完璧な国はないだろうし、どこの政府にも信用できないと感じる所はあるだろうが、日本政府のコロナの対応を見ていると相変わらず弱者に優しくなく既得権益優先で、私には信じられない政府なので日本で暮らしたいとは思えない。それだけではなく、私は日本の家族関係が良くないせいもあるだろうが。

原発とコロナの緊急事態をかかえ、予定通りには回収できそうもないオリンピックの散財の後処理もあるだろうし、何より少子高齢化が進んで若い人にとっては希望も持ちにくい。多数を占める高齢者の為の政治が続いているので、限界まで年金や医療などで高齢者の為の社会福祉へとお金が使われ続けるかもしれない。若者や子供に対する未来への投資が少ないのだから発展することは無く、衰退していくだろう。

気が付かずにいたら、自分が感じた違和感を無視していたら、自分で調べて知ろうとしなかったら、今の自分に都合の良い見えるものだけを見て生きていけたのかもしれない。でもそれじゃ嫌だったし、自分の現状を見つめて変化していった方が自分らしく生きられる。

愚痴だけ言って、周りのせいにして自分は何も変わらない人生は嫌だった。自分が感じた違和感を無視して、これでいいのだと言い聞かせて我慢したり、その我慢を周りにも強要したり、周りを引きずりおろして一緒に落ちていく人とも関わりたくはなかった。

おそらく私のような立場の人間は、日本ではますます貧乏で生き辛くなる。震災から10年経った今、当時感じた日本政府に対する強烈な違和感に従い、考えて行動に移してきて良かったと少しほっとしているが、今いるイギリスでも夫の庇護のもと私は弱い立場にいる。コロナの影響がある今も、東日本大震災の時と同じように自分のことで精一杯で何もできないが、子どもにも恵まれて夫は幸せそうに過ごしているので、今の私にはそれだけで十分なのかもしれない。

今後はイギリスでも生きる力を付けていこう。自分がいる環境やイギリスの社会システムや政治が自分にとって良いものでなかったとしても、その中でどう生きていこうか考え行動していく。何しようかな~とワクワクする反面、これから子供産むからそれどころじゃないかもしれないが、まあ何とかなる。

東日本大震災・原発事故の時と同様に、コロナウイルスのパンデミックからも大きな影響を受けるだろう。この大きな変化を10年後の自分は、良いように捉えられるだろうか。