海外暮らしで実感する「依存先を増やし、自立する」の正しさ

海外暮らしで実感する「依存先を増やし、自立する」の正しさ

海外で暮らしていると、強烈に実感することがある。

それは「海外で生活するからこそ、依存先が必要である」ということである。

海外移住と聞くと、海外で生活できる経済力や語学力がある「自立した人」を想像するのではないだろうか。この「自立した人」というのは、一般的に使われるイメージの「人に頼らずとも、一人で生きていけるだけの力がある人」のことである。

しかし実際は海外だからこそ、一人で生きていくのは難しい。海外では特に、依存先がないと生きていくことはできないだろうと私は思っている。

ビザの申請には、そこで生活するのに問題のない語学力や経済力が求められることが多い。資産家であれば問題にならないだろうが、多くの人はこのハードルを越える必要がある。語学力は自分の問題なので何とか出来る可能性が高い。

しかし、「経済力」はどうだろうか。

経済力を証明するためには、雇用主に雇用期間や収入を証明してもらう必要がある。労働ビザではなく配偶者ビザを申請するにも、自分や配偶者の雇用主からの証明が必須である。

生活に困らない収入を得る依存先が、絶対に必要なのである。

そして、もし依存先が一つしかないのであれば、その依存先に頼れなくなった時点で海外暮らしの継続は不可能になってしまうのだ。

雇用主との契約が切れただけ、配偶者という依存先を失っただけで、その国で生活できない状態を自立している、とは言いにくい。残念ながら、これは私が抱えるリスクでもある。あー怖い怖い。

今の雇用関係を失っても、配偶者との関係が切れてしまったとしても、他の依存先があり生活できる状態のほうが、より「自立している」と言えるのではないだろうか。

雇用関係は家族関係より切れやすいことを考えると、自分の依存先が仕事だけの場合はかなり不安定である。これは、雇用関係はなく自営業で働いている場合も同じである。

例えば、海外在住のユーチューバーが日本に帰国するのも、YouTubeという依存先からの収入が安定しなくなり、現地での生活を維持できなくなる前に帰国する、というケースはあるはずである。もし現地での仕事とYouTubeからの収入があり、更に現地の国籍のパートナーと国際結婚している場合は依存先が3つある状態なので、YouTubeだけよりも安定していると言える。

母国の日本であれば、最終的な依存先として社会保障に行きつくが、海外では外国人は社会保障を受けられない場合が多いだろう。ここで生活できないなら母国に帰ってくれ、と言われて終わりである。そこまで苦しくなる前に、日本へ帰らざるを得ないのだ。

たとえビザの問題がなくても、先のことを考えて日本に帰国するというのは、その国で生活していけるだけの十分な「依存先がないから」で説明できてしまうのである。どんな理由を並べようと、その人にとっては日本の方が依存先を確保できるから、つまり「日本にいる方が自立できる」から海外よりも安心して生活ができるのだろう。

このように考えると、自立するというのが「誰にも頼らず、一人で」できるものではない、ということがよく分かるのである。

誰にも頼らずに自立するのは無理なので、依存することを悪い事とは思わず、これからも「依存先を増やし、自立する」ことを目指して生きていきたい。