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結局、やるかやらないか

結局、やるかやらないか

やるかやらないか、戦うか逃げるか。

何かしら強いストレスがある時は、結局、戦うか逃げるかを選ぶしかない。そのままズルズルと何もしないでいたら、そのストレスはそのままで何も変わらず、自分が病んで壊れてしまうから。運が良ければ周りの変化でストレスが軽減されることもあるかもしれないが、そんなあるかも分からないことに期待はできない。

一番苦しいのはどちらも選ばない、もしくは選べない状態の時だ。

学校に行きたくないけれど、闘ってその学校での問題を解決できるわけでもなく、家に引きこもって逃げることも出来ず、ただ学校に行かなければならなかったとき。美容師のブラックな労働環境が辛いのに、手荒れも辛いし体力もないので腹をくくって闘う・やり切ることも出来ず、かといって辞めて逃げることも出来なかったとき。こういった時が1番つらい。

一度決めたことだからとか、周りの目を気にして逃げてはいけないような気がしてしまうけれど、大抵のことは逃げても大丈夫なものだ。嫌な環境になんていなくていいし、やりたくなければやらなければいい。どうすれば嫌なことをやらずに済むかと考えることは、とても大切だ。自分のストレスになることは、避けられるなら避けたほうが良いのだから。

そう、よく分かっている。

だから苦しいならこのままズルズル過ごさずに、腹をくくって闘え!もしくは逃げてしまえ!と思うのに、どうしても選べない。往生際の悪い自分が嫌になる、それもストレスという負のループにハマってしまう。今はそんな状態だ。じわじわと真綿で首を絞められているような、マイルドだけれど重くて微妙に息苦しい、直視できないこと。いや、直視したくない、考えたくないこと。

それは、「外で働く」に関することだ。

私は子供が学校に通うまでは一緒にいたいから働きたくないのに、家事と子育てしているだけなんて甘えだから働け、楽してんじゃねえよ、という周りからの無言のプレッシャーがストレスなのだ。

イギリスは保育料の高いので、私が働いたら娘を預けるのに高額な保育料がかかる。私のパート代と相殺されるか下手したら私のパート代の方が安いだろう。私には何かあっても頼れる親はいないし、夫と話し合って、どう考えても娘が学校に通うようになるまでの3~4年は私が娘と過ごしていたほうが良い、という結論になった。

こういった私たちの状況を夫は理解しているので、子どもが学校に通い始めるまでは仕方ないよねと言ってくれているし、夫の稼ぎだけでも一応はやっていけるので、娘が学校に通い始めてからも好きにしていいとは言われている。

だた、義両親や知り合いなどはそうは思わないようで、私に働いたら?というような会話をされる。ただの知り合いは私たちの状況をよく知らないし、ただの話題作りとして話しているのは分かっているが、気分の良いものではない。うるさい、黙ってろと思う。

既にリタイアしている義父が子供を預かれば…といった話もしてくるが、義父は姪っ子ちゃんたちのお世話で疲れ切っていて、子供の面倒はもう見たくないと夫に伝えているので、預けることは考えていない。何より義実家まで車で40分かかるので、預けに行くのも遠い。また、姪っ子ちゃんたちは時々怪我をしているので不安でもある。義父も高齢なので、動き回る子供たちの面倒を見るのは大変なのだろうけれど、正直に言って怖い。

それに、私だってできることなら働きたい。稼ぐのは大好きだし、稼いだお金で旅行に行きたいし、好きな服や本だって買いたい。でも、そんな余裕がないのだ。今だって今日の離乳食どうしよう、今日はどこに散歩行こう、夕食は…と考えるだけでストレスになっている。

今は自分の思うようには働けない。これはすぐにどうこうできるものではない。だから苦しい。

私は日本を離れてイギリスで一人、夫以外の助けなしでここまでやってきたのに、なんでそんなこと言われないといけないんだよ、とも思ってしまう。初めての出産は体にダメージが残って産後数か月は痛みとの戦いで大変だったし、初めての育児も分からないことだらけだけれど、頼れるのはGoogleと自分だけだった。

預け先もない、預ける気もない、自分の時間は少ない、疲れた…そんな中で子供を預けて外で働くことなんて考えられない。余計なお世話なんだよ、黙ってろと言いたいけれど、話したくないし言っても無駄だと思うから黙っている。お前の常識と価値観を私に押し付けるな、この一言に尽きる。

そもそも私は雇われて働くのが嫌なのだ。もう雇われて働くのが自分には向いていなくて嫌で仕方がないので、外で働けと言われると内心は「うるせえ黙ってろ」となる 笑

働きたい気持ちは大いにあるので、色々試してみたり準備は進めて、ゆくゆくは外で働かなくても済むようにはしたい。でも英語がもっと出来るようになりたいし、ここで社会に繋がって自分の友人が欲しい気持ちもある。イギリスで働くとどんな感じなのかを知るために、ほんの数年は外で働いてみようかなとも思っているので、今は何とも言えない。

まだ行動できる時期じゃない。その時期が来ていないから。

娘がいるから、自分の自由には動けない。娘と過ごすことは自分で選んだことだし、楽しかったり飽きたと思ったりいろいろだけれど、私はこの生活が今しかできない貴重なものだと分かっている。この貴重な時間を大切にしたい。でも私の中で働かないことに物足りなさや罪悪感があるから、働けと言われると尚更イラつくのだろう。

こういった長期にわたるストレスに対しては結局、戦うか逃げるか。やるかやらないか。

自分の働きたいという気持ちに対しては、今は闘う(やる)を選べないけれど、時期が来たらやる。その時期じゃない今は、このストレスと付き合っていかなければならない。余計なことを言ってくる相手からは、できる限り逃げておこう。

今はできないけれど、やるときに何かの足しになるように先のことを考えたり、練習して何かを身に付けたり、色々と試しておこう。たぶん今の時間に経験したこと、考えたことは何かの役に立つだろうから。

最近更にプチストレスだったのは、愛用のノートパソコンのキーボードが壊れたことだ。adgmkiの6つのキーが押せなくなった上に、手荒れのせいで指紋認証にも引っ掛かり、パソコンにサインインができずにその時は相当なストレスだった。今は仕方なく外付けのキーボードを使って入力しているが、これに慣れるまで暫くかかりそうだ。

カチカチうるさいのが気に障るけれど、つかえるからOKってことにしておこう。壊れたキーボードとはもう戦えない。