自分が抱える「生きづらさ」に向き合うのは、しんどい

11/03/2019

何か生きづらい、と感じることはないだろうか。

私はずっと生きづらさを感じていた。何にそう感じていたのかは昔は全く分かっておらず、ただ何となく生きずらいと思っていた。

原因として挙げられたのは、パッと見てもわかるアトピー性皮膚炎である。それと、よく言われていた「普通」の生き方であろうか。

私と同じくらいの30代もしくは20代の女性であれば、多くの人が直面するであろう、結婚して子供を産んで、子育てしながら働いて家のこともやって…といった生き方。多くの場合、それが「普通」として認識されているのではないだろうか?

特に私と同じような美容師やアイラッシュデザイナーとして働いている女性は、こういった価値観を持っている人が多い。

その価値観を否定するわけではないが、本当にその生き方をして自分は幸せと感じるか、という事は真剣に考えた方がいいのではないだろうか。

多くの場合、本音でいえば家事・子育て・外に出て働いて稼ぐということを、全てやるのは大変で辛いことだと思っているのではないだろうか。

その本音に蓋をして、せめてそこそこ収入のある人と結婚しようとか、「安心・安定」を求めて今後の選択をしていこうと考える人もいる。実際、私の周りにはそういった考えの人が多かったように思う。

でも、それで自分が幸せなのかというと分からない、もしくはそれが「普通」だからとその先を考えない。なぜなら、考えると苦しくて辛くなるからである。

考え始めると、その「普通」を選ばなければ、どんな困難に見舞われるか分からないし、周りからどう思われるかを考えると動けなくってしまうのだ。

もしその「普通」を選ばない、と決めた場合はどうなるか。

結婚して家事・子育て・働くというすべてをやるのは大変だし、そんな生活を送りたくないと考えたとすると、多くの場合は一人で生きていくのに困らない収入を得る必要がある、と考えるだろう。

ここで直面することは、現実的に考えると一人で稼いで生きていくのは難しい、といったことではないだろうか。実際に日本で働いて稼いでいくとなると、男性の方が有利な価値観が根強く残っているので、そう考えてしまうのも仕方がないとは思う。

もしくは高収入の男性と結婚して主婦になるか。無理だと思いつつも、この理想を掲げている人は少なくない。

そして高収入の男性と結婚して主婦になるという選択が、多くの場合は難しい・できない・私には無理…と考えるから、結局は「普通」が一番に戻るのだろう。

親の世代から比べれば、いろんな生き方が選べるようになってきてはいるものの、まだまだその「普通」がいいという価値観に縛られて苦しんでいる人は多いのではないだろうか。

専業主婦には到底なれない、一人で生きていくのも大変、「普通」に合わせて生きていくのは大変だけど「普通」だから批判等にはさらされにくい…となると、結局は「普通」を選ぶ。

こういった疑問や生きづらさを全く感じない人は、それがその人にとっての幸せなのだろうから、そのままでいいとは思う。

しかし、今生きづらさを感じているのであれば、その生きづらさはどこからきているのか、何が自分にとって幸せなのかを考えて行動に移した方が、幸せになりやすいのではないだろうか。

私が好き勝手に生きているせいか、たまたま職場で知り合った人には「自由すぎる」とか「変わっている」と言われてきた。

上記のような話をしてみると、たまに嫌な奴と思われることもあったが、「普通」とは違った生き方がしたいと好意的に受け取ってくれる人もいた。「出会えてよかった」、「一緒に働けて良かった」と言われるのは嬉しくもあったが、その後に実際に行動に移した人は更に少数だった。

ほとんどの人が、結局は動けずにいるのである。本音を言えないどころか、本音に蓋をして見ないフリをするのだ。

なぜか。

本音に向き合い、変化を起こすことは「しんどい」からである。私のようなやり方は「しんどい」ので、誰にでもできる方法ではないのかもしれない。

もしかしたら、ほかの人にとってこの世界は、私が感じるほど「生きづらい世界」ではないのかもしれない、とも思ったのだった。