美しさとは、最適化である

美しさとは、最適化である

「美しさ」とは何か?長いこと向き合い、これからも考え続けていくであろう、私にとっては大きなテーマです。美しいものが好きだから。

美しさとは、清潔感を極めた先にある…という考えも持っていますが、美しさって最適化していくことで得られる・見出せるものなのかなと思っています。

最適化するということは、自分に似合うスタイルの追求です。自分にとって最適なケアをする(またはしない)、最適なものを身に付ける。それを続けていくことが、その人独自の美しさを創りだすのではないかなと思うのです。

…と思ってここ数年過ごしてきたのですが、英語を本格的に(自分にとって)学び始めて約2年、日本で言われる可愛い・綺麗・魅力的…な女性を考えたときに、ふと気が付いたことがあります。

髪を染めたり、カラコンで目を大きく見せようとしたり、二重の手術をしたり・アイプチで二重にしたり、ほりを深く見せるためのメイク…というのは、西洋人(特に白人)への憧れからなのでしょう。見た目の部分で「綺麗」「女性として魅力的」な価値観が、西洋人のものが良い、あんなふうになりたい!というコンプレックスなのかもしれませんが、そちらよりになっている面もあるのではないかと思いました。

一重でも魅力的ですし、髪も黒髪って素敵ですよね。黒目を大きく見せることで「かわいい」というか幼いような感じが出せますけど、カラコンでない方が私には美しく見えます。

あと、以前は西洋人って男女とも綺麗・かっこいいように誰を見ても見えてしまっていたのですが、英語学習の為に海外ドラマを相当見た結果、そうでもないことに気が付いてしまいました。人種は関係ないですね。

日本人でも西洋人でも美しい人は美しいし、洗練されていない人はそれなりです。同じです。

あんなふうになりたいと思うことで、自分を磨くきっかけになることはいいことだとは思うけれども、「あれがダメ」「ここがダメ」とせっかく持って生まれた自分の特徴・美しさを台無しにしてしまうのは、もったいないように思います。

自分にとって何が最適かは、年齢や自分の好みや生活環境などの変化とともに変わっていくのでしょう。その変化と向き合って、自分の為に、自分に最適な状態を用意してあげる考え方と行動が、その人の美しさを創っていくのではないかと思います。


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