「経済的に自立」ではなく「依存先を増やし、自立する」生き方

「経済的に自立」ではなく「依存先を増やし、自立する」生き方

社会に出るずっと前から、私はこの世界が生きづらかった。

誰かに助けてほしいと思いつつも頼れる大人が一人もいなかった私は、こんなにも生きづらいのは自分が無力なせいなのだと思っていた。そして一人で何でもできるようになり、自分が強くなればこの生きづらさはなくなるだろうと考え、「自立」することを望むようになったのである。

私が目指した自立とは、一般的に言われている「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと」であった。

それには、まずは経済的に自立する必要があると考えていた。生きていくには、お金が必要だからである。

「選択肢を増やし、経済的に自立すれば自由になれる」では不安は消えない

大学受験に失敗した後、自分一人でも生きてけるように「食いっぱぐれない」仕事をしようと美容師を選んだ。しかし、美容師の労働環境は完全にブラックなもので、働いても働いても日々の生活に追われ、手元にはお金が残らないというワーキングプアのような状態であった。

そしてこの時に体験した惨めさと、痛感した「自分の無知」が、私をますます「経済的な自立」を目指す方向に向かわせたのだった。

知らないから搾取されるのだと考え読書に時間を割き、ネット副業をはじめ、働き方を変えて自分の能力を引き上げるために自分の持ちうる資源を注いだ。放送大学で学び、独学で英語の習得に励んだのも、経済的に自立して自由になりたかったからである。

自分にできることを増やし、自分に取れる選択肢が増えれば増えるほど自由に生きられると考え、そうすれば私は幸せになれると思っていた。

しかし私は、英語を習得して選択肢を増やし海外でも生活できるようになりたい、一度でいいから海外で生活してみたいと行動に移した時に上手く行かず、燃え尽きてしまった。

「選択肢を増やし、経済的に自立すれば自由になれる」といった考え方では、「私は幸せになれない」と気がついてしまったからである。

自分にできることを増やし、収入を上げ貯金が増えても、不安は消えなかった。生きづらさは少し緩和されたが、根本的な問題解決には至っておらず、私はずっと不安を抱えて生きていた。

燃え尽きる少し前から、私は一般的に言われる「自立」を目指しても、私の生きづらさは無くならないと、薄々気が付き始めていたのだ。

このまま自分の能力が足りない、選択肢が足りない、お金が足りないと、自分を追い詰めて生きていくのか?

ああ、このやり方には終わりがない。もう私は頑張れない。このまま生きていくことはできないと、何をしたらいいのか分からなくなってしまったのだった。

自立とは依存することである

「経済的に自立する」「選択肢を増やし、自由になる」といった考え方では、私の生きづらさは消えないし、私は幸せになれないと気が付いたのは良い事であったと思う。どうしたらいいのか分からないと途方に暮れたが、諦めることはできなかった。

「私が抱える生きづらさを何とかしなければ、生きていけない」と思うほど、私にとってこの世界は生きづらいからである。

嫌だな、生きづらいなと思いつつ、やり過ごせる環境に私は生きていなかった。また、私はモヤモヤを抱え誤魔化しながら生きていくことができない性質だった。

習慣づいていた読書を続け、放送大学でも学んで知識を増やし、どうにか今の状況を打開できないかと調べ・考え続けていたのである。

ここで、ある本に出会った。

「生きるための経済学」(安冨歩 著)という本である。この中で「選択肢を増やす」事に関しての記述に感銘を受け、この著者の本を読み漁ることにした。何冊か読み進める内に、著者の思想に惹かれていく。

そして、「『助けてください』と言えた時、人は自立している」という帯がついた「生きる技法」という本を手に取った。自立するために1人で頑張り続けた私にとって、これほど違和感を感じる言葉はないと思いながら。

ここで初めて「自立とは依存することである」「依存先を増やし、自立する」という思想に出会ったのだった。

どういうこと?と思いつつ手に取った本は、今まで感じていた私の生きづらさの正体を次々と暴いていく。一気に私の中の霧が晴れていく。これほどまでに「ああ、そういうことだったのか!」という、気持ちがいい気づきを与えてくれた本はなかった。

働いて一人で生活するのに問題ない収入を得て一人で暮らしていた私は、一般的に言えば一応は自立していたと言えるだろう。しかし、収入や貯金が増えても、自分にできることが増えても、ずっと経済力やお金に不安を抱えていた。

自分に何かあった時、自身の経済力は当てにできなくなる可能性があるし、お金だっていくらあっても安心などできない。社会保障はどう考えても利用しにくいので、私にとって安心の材料にはならず、常に不安を抱えて生きていた。この状態を、本当に「自立している」と言えるのだろうか。

一般的に言われる自立、つまり「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと」というのは、考え方からして間違っているのではないだろうか。

「助けてください」と言える依存先がない私は、自立にはほど遠い状態だったのだ。だから不安が消えなかったのだ。自分1人にできることなど、たかが知れている。一人でいくら頑張っても、自立はできないのである。

このように考え、私は「依存先を増やし、自立する」という生き方に変えた。

依存と聞くと、悪いことのように感じてしまうものだが、そうではなかった。そもそも人は、1人では生きていけないものである。よく考えれば当然のことなのに、なぜ気が付かなかったのだろうか。普通に生きているだけで、人はいろんなものに依存しているのだ。

依存先を増やし「助けてください」といえる人間関係を作る

「依存先を増やし、自立する」という思想に出会った頃の私は、親でさえ頼りにできず、自分が倒れたら即終了と言えるほど、依存先がなかった。少ないながらも友人はいたし、いくらかの依存先はあっても家族の繋がりのような強固な依存先はなく、自立には程遠い状態だったのである。

そこで先ずは依存先になる、自分の家族が欲しいと思ったのだった。一人でも生きていけるようにと自立を目指していたが、本当は頼れるパートナーや家族を心の底から欲していたのである。生まれ育った家族関係が悪かったために、家族というものにいいイメージが持てず避けていただけで、本当に欲しいものはこれだったのだ。

こうして私は、パートナーが欲しいと行動に移すことにしたのである。

そしてこの結果は、意外なものとなった。元々は「経済的な自立」と「選択肢を増やして自由に生きる」ために取った英語習得という行動が、イギリス人のパートナーとの出会いと国際遠距離恋愛・国際結婚・イギリス移住にまで発展したのだった。

そして今の私には、夫と娘という強固な依存先がある。

彼らの存在が私の生きづらさや不安を緩和しており、私の幸福度を上げてくれているのを実感する日々である。やはり、一般的な「自分以外のものの助けなしで、または支配を受けずに、自分の力で物事をやって行くこと」という自立では、私の生きづらさは消えないのだ。

私が母国でないイギリスで日本にいた時より不安は少なく暮らせているのは、多くの依存先を持つ夫に依存しているからである。私が夫に負担をかけても、夫を助けてくれる人が複数いるので、夫が簡単につぶれてしまうことはない。

それを知った上で、私は国際結婚・イギリス移住に踏み切った。日本で一人で頑張り続けるより、余程不安は少ない生活になると確信していたからである。

私の依存先はまだ少なく、まだまだ自立しているとは言えないだろう。依存先は増えれば増えるほど自立するので、今でも依存先を増やすための行動は続けている。「助けてください」といえる環境を作り、不安は少なく生きていくために。

※「依存先は、増えれば増えるほど自立する」に関してはこちらの記事で私の意見を書いています→自立するための依存先は、最低3つあればいいのでは?

※現在の「依存先を増やす取り組み」については、noteの有料記事に詳しく書いています。興味があればそちらもご覧ください→「自立の解釈を広げた話――人・AI・自分の能力で作る新しい依存関係」