補正しすぎて美しく見えない着物姿に疑問

補正しすぎて美しく見えない着物姿に疑問

なぜ、着物を着たいと思ったのか。

それは単純なことで、着物は美しいと思うからである。

私は美しいものが好きである。だからこそ美容の仕事を選んだし、旅行に行って美しい建物や風景、美を感じる異国の文化に触れるのも好きだ。

着物は日本の文化なのに、自分で着られないなんてそんな悲しいことがあるだろうか。他人に着付けることはできても、自分で着られないなんて何かおかしい気もするし、これは自分で着られるようにならなければ!とずっと思っていた。

そう考えて始めた自分で着物を着るということであるが、最近ハタと気が付いたことがある。

せっかく着物を着たのに、気に入った・自分に合う洋服を着た時のような満足感がない。何と言ったらいいのか、これを着て自分が美しくなったと感じるポイントに欠けるのだ。

そこで、いろんな着物姿を見ていることにした。

「着物 普段着」「着物 コーディネート」とかでGoogle検索してみると、いろんな画像が出てくる。

面白い着方をしているなと思うし、中にはお洒落に着こなしている人もいる。

しかし残念なことに、私が美しいと感じる着こなしはほとんど見かけない。

美しいから着物が好きなのに、美しい着こなしが出来なければ意味がない。何が美しくないのだろうか。

補正は要らないのではないか

そこで気が付いたのが、過剰な補正や着付けのルールでその人自身の体型や雰囲気などの特性を消してしまっているから、魅力的に見えないのではないかということだ。

実際に自分で着物を着るようになって、今まで着付けで習ってきて当然のように受け入れてきたことに、疑問を感じるようになった。

苦しいし、動きにくいし、美しくない。

ウエストには大量のタオルを入れ、胸の上部が窪んでいたら綿などを入れ、人によっては和装ブラなるもので胸を潰し、寸胴体型にしなければならない。

おまけに、どんな身長・体型・着物の状態であろうと、おはしょりは約7㎝出ていなければならない、など。これによって着方・着られる着物が限られてしまう。

場合によっては寸胴どころか、補正のせいで腹出てるんですけど…なんか醜い、女性らしさがないのだ。

それに補正は、「みんな同じ形」にするからその人の個性がなくなる。みんな同じに見える。

これで魅力的に見えるだろうか?これが、着物を着た美しさだろうか?

日本人が同質性を好む傾向があるので「みんな同じ」の方が受け入れられやすいのだろうが、美しさという面から見れば、たぶん違うだろう。

基本的に私は、「作られた感」がある「綺麗」は好きではない。

美容の仕事をしているせいか、過剰な整形やヘアメイク・まつエクをする人を散々見てきているが、そういう人たちを美しいと思ったことは一度もない。

そう思ったので、今度は昔の美人画や着物を着た人の写真を検索してみた。

…あった。ここに、私が美しいと思える着物の着こなしが。

着物を着ていてもちゃんとウエストはくびれているし、胸の大きい人は帯の上を見ればわかるが、帯の上に乗っかっているような感じだ。でも、それを可笑しいとは全く思わない。

直線でない人の体に、直線的な着物というものを着るわけだから、紐で止めれば皺ができるのは当然だ。しかし彼らの場合は着物の皺や着崩れも、魅力的に見える。

衿周りも、その人に似合う位置で決めればいいのだ。

そう思うから私の場合はきっと、着物を着るのに補正は要らない。

私が感じた現在の着物姿が美しくない原因は、過剰な補正だったのだ。

恐らく着物が普段着ではなくなった頃に、今の着物の「常識と着付けのルール」が一部の美的感覚が優れない人たちによって、作られてしまったのではないだろうか。

たぶん美容業と同じように、儲けを優先して本当の美しさを失ってしまったのだろうか…そうであるなら、残念でならない。

常識を疑え。補正なしで着てみよう

そこで補正なしで着てみたのだが、やってみてビックリ。

着やすいし、動きやすいし、仕上がりも自分好みになった。

補正なしに加えて、今まで使っていたけれど必要なさそうな伊達締めや紐を、数か所省略してみたのだが、着物が着やすくなった。

更に、帯板も無しにしてみたのだが、これも無いほうが好みだった。

自分の体に合うようになったというか、しっくりくる。やはり普段着る服は、こうでなくては。

今まで習ってきたのは、何だったのだろうか。

もっとシンプルに着物を着こなして楽しめるようになれば、もっと着物を着る人が増える気もする。今の、「着物を着る」というハードルが、かなり下がると思う。

そもそも、昔は普段着で着物をみんな来ていたのだから、仕上がりに差はあっても着るのが難しいはずがない。

着物の普段着コーディネートも美しいと思えない

ついでではあるが、着物姿が美しくないと感じた理由が、普段着の着物コーディネートだろう。

稀にお洒落だなと感じるものもあるが、色合いやら何やら、とにかく私の好みではないものが多い。

稀にオッと思うものがあっても、それは元々帯と着物をコーディネートして仕立てたものだったり、綺麗めな着物に美しい袋帯を合わせていたりする。

リサイクル・アンティーク着物の場合は、そもそもサイズが合わないし、ちょっと古さを感じたりするから、コーディネートには工夫がいるだろう。きっと難しい。

だから、美しいと感じるコーディネートはその人の体型に合わせて仕立てたものや、色柄が普段着向けではない優美なものが多く、リサイクル着物の普段着コーディネートは美しいと感じないものが多いのだろう。

普段着の洋服でも、気に入ったもの・自分に似合うものを着たいと思うので、着る手間のかかる着物であれば尚更、着たらより自分好みの姿になりたい。

着方を工夫して、かなり洋風に仕上げてるのも可愛いとは思うが、「着物の美しさと着物姿の美しさ」に魅力を感じる私には出来ない選択である。ただ、草履は足が痛くなり長時間履けないので、ブーツはOKにしている 笑

これはその人の好みとセンスの問題だから、私がどうこう言うことではないし、私には関係がないことだが、なぜだか洋風に仕上げたものも美しいと思えない。

手間をかけて着物を着るわけだから、着た姿が美しいと感じて満足感が得られないと、私にとっては着物を着る意味がない。

どうやったら美しい着物姿になれるかは、これからじっくり研究していこう。


着物の文化は、一部の人たちが自分たちの都合で決めた補正やら着付けのルールによって、壊されてきたのだと思う。

あんなガチガチなルールに縛られ着心地よく着られないのなら、着る人が減って当然だろう。

今の生活は洋服で過ごすものになっていて、特別な機会がない限り着物は不要だ。

最近は特別な機会である成人式の着物も、あまり美しいと思えるものではない。好みの問題なので、あれはあれで良さがあるのかもしれないが。

自分好みでない着物姿になるくらいなら、着る手間のかからない似合う洋服を着た方がよっぽどいいのではないかと思ってしまう。

まずは中古の着物で自分の好みを把握したり、何が似合うか、どんな工夫ができるかを知っていこう。

今は自分で仕立てた着物を手に入れることはできないが、そのうち自分の為に仕立てた訪問着は欲しいな。

まずは補正なしで美しく着物が着られて、着こなせるように頑張るぞ、と。