長くて辛かった…イギリス 産後の入院生活

前回書いた、長時間かかった出産も辛かったが、何よりも産後の入院生活が精神的・肉体的に辛くて、おそらくマタニティブルーの影響もあったのだろうが、久しぶりに泣いた。

病院の建物が古いせいかは分からないが、電波が拾えないしwi-fiもないのでスマホが使えない。私にとっては牢獄のような入院生活だった。今回はその記録を残しておこうと思う。

何とか無事に娘を出産した後、このまま少し休むように言われたが結局眠れずに過ごした。

そして出産の2時間半後、シャワーを浴びるように言われた。これはイギリスで出産したいろんな人からの情報で目にしていた通りで、産後直ぐに自力でシャワーを浴びろというのは本当なのだと実感。大体2時間後にシャワーを浴びるように言われるらしいが、私の場合は2時間半後だったので遅れたその30分は優しさですか?と聞きたかった 笑

しかし、midwifeに手伝ってもらい立ち上がろうとした時、膣からまた大量に出血し、立ち眩みがして動けなくなってしまい、シャワーは無理だと判断された。病院らしくと言えばいいのか、シャワーの代わりに全身を拭き取ってもらい、更に点滴を打たれながら次に行く病室が用意できるまで安静に過ごす。

数時間待ったのち、次の病室(5人部屋)の手配ができたとのことで移動することになったのだが、その前に娘に会えるとのことだったのでNICUに会いに行った。

鼻からチューブを入れられ酸素の供給を受けている姿は痛々しくて、すんなりと産んであげられず何だか申し訳ない気持ちになる。半日ほど酸素の供給をされた後、もう呼吸に問題がないことが分かったのでNICUを出てSCBU(special care baby unit)への移動となった。

5人部屋の病室はカーテンで仕切られており、それぞれベッド一つとパートナー用の椅子が用意されていた。シャワーやトイレは共用で、シャワーを使用する際はmidwifeに伝える必要があるようだった。因みにベッドもトイレも高めに設定されており、会陰切開した後の体には辛い高さだったのだが、これは帝王切開した人の為に高めの設定にしてあるらしい。

通常、出産後はこの病室で赤ちゃんと一緒に過ごし、経膣分娩で何の問題もなければ出産当日や次の日に、帝王切開であれば3~4日で退院となるのだが、私の場合は娘がSCBUにいるので直ぐの退院はできなかった。

食事と寝るときだけこの部屋で過ごし、娘と過ごすために多くの時間をSCBUで過ごしていた。

私自身は会陰切開の傷が痛んでまともに歩けず、トイレに行くのもやっとでシャワーも浴びれる状態ではない。SCBUへ行くのも自力では歩けず夫に車いすで連れて行ってもらい、円座クッションが無ければ座れないし、長時間座っていられないので娘のお世話も思うようにできなかった。

娘は鼻から胃へのチューブを入れられ、そこからミルクを与えられており、手首あたりには抗生物質投与用の針を刺されたままで、痛々しかった。鼻に入れられたチューブは頬にテープで固定され、大泣きしながら不快なチューブを引き抜こうとする姿と、口からではなく鼻に入れられたチューブからミルクを与えられる姿に胸が痛んだ。

しかもスケジュールに沿って、決められた量のミルクを無理矢理与えられていたのだった。

最低3日は抗生物質の投与が必要である事を説明され、それが終われば退院と言われたが、2日連続で夜に鼻から投与されたミルクを吐いてしまい、具合が良くないからと抗生物質の投与が終わってもチューブや針は外されないままだった。

娘が吐いてしまうのは、無理矢理与えられているミルクの量が多すぎるのだろうと思ったが、彼らの規定量・スケジュールに従うしかなく、相当なストレスだった。

娘を連れて早く家に帰りたかったが、どのような状態になれば退院できるかの説明もなく、何をすればいいのかよく分からないまま、SCBUに通い娘のお世話をしていた。midwifeは常に忙しく、呼び出しても直ぐには来ないし、SCBU管轄のドクターとも自由に会えるわけではない。

産後3日目にしてようやく、ミルクを受け付けない娘には母乳が必要だと言われ、母乳を飲めるようにならないと家には返せないと言われた。

しかし、それまでに娘に母乳を飲ませられる機会は少なかったし、まだ母乳が出ている感じもない。また、常にスケジュール通りにミルクを与えられ、すぐに眠ってしまう娘に乳首を吸わせるのは難しかった。

…どうしろって言うんだよ…と途方に暮れていたところ、ここでようやく感じのいいmidwifeが母乳を出すための搾乳の方法を教えてくれたので、空いている時間と夜中に手で搾乳して母乳が出るように努力した。

こうしている間にも娘の抗生物質の投与は更に3日増え、シャワーも浴びれない、会陰切開の痛みで思うように体が動かない、娘と同室で過ごすことも出来ない、いつ帰れるのかも分からないストレスで死にたくなった。一度帰宅してシャワーを浴び、病院に戻ってくる許可を得て何とかしのいだが、家に帰ったとたんに涙が止まらない。

ここで幸か不幸か、同室になった人がコロナウイルスに感染しており、病室から離れる必要があった。SCBUに通っていたので運よく彼女と一緒に過ごした時間が少なかった、もしくは全くなかったらしく私は感染していなかった。病室の変更はSCBUのすぐ隣にある一室になり、窓もトイレもシャワーもない部屋だったが、娘と同室で過ごせることとなった。

手で搾乳するのを続けていたら少しずつ母乳が出てくるようになったので、寝てばかりの娘を起こして何とか娘に吸わせるが、直ぐに寝落ちしてしまう。そうしている間にスケジュール化された、鼻のチューブからミルクを与える時間がくる。

この状態では母乳を与えるのは無理だと思ったし、いつ家に帰れるか分からない。もうストレスも限界だったし、母乳育児に執着があるわけでもなかったので、母乳と哺乳瓶でミルクを与える混合育児にするから哺乳瓶での授乳も許可して欲しいと伝えたところ、ようやく許可が下りた。

哺乳瓶でミルクを与えられるようになり、授乳のタイミングも娘に合わせて自分たちでできるようになり、ようやくスケジュール化された授乳から少しは解放され、帰宅の目途が立った。ラスト2晩は母乳メインで授乳しつつ娘と二人きりで過ごし、最終日にドクターに娘の体調をチェックしてもらい、娘のチューブも針も外された。

こうして出産から8日後、やっと娘と帰宅することができたのだった。

会陰切開の痛みでまともに歩けず、私と娘が特殊な状況だったこともあり忙しいmidwifeのサポートもあまり受けられず、病院でシャワーも浴びられず、部屋にトイレもなく、娘の授乳は個人差など全く考慮はされず規定量をスケジュールに合わせて一方的に鼻のチューブから与えられ、夫が病院にいられる時間も限られており、心も体もボロボロだった。

イギリスのNHSなので、出産後は早めの帰宅になるだろうと思いきや、長期の入院となった。本当に辛かった。こんな思いは二度としたくないので、もう出産なんてしないだろう。

会陰切開された傷は退院後もかなり痛んでいて、回復が遅い。膿が出ていたのにSCBUに移る前のmidwifeのチェックが甘くて抗生物質を処方してもらえなかったし、病院ではシャワーを浴びられず、SCBUそばの個室に移ってからは2日に1度家に帰ってシャワーを浴びただけなので患部を清潔に保つことができなかったせいもあるだろう。産後2週間が経ってもまともに歩けず・座れずにいたが、退院5日後に家に来てくれたmidwifeが抗生物質を出してくれたおかげで、ようやく少しは良くなったのだった。

NHSでの妊娠・出産のサポートでつくづく思ったのは、大きな問題がなければ下手に干渉されずにアッサリしていて良いということ。何か問題があればしっかりと対応してもらえるが、問題があるがゆえに管理がいき過ぎていて窮屈な面も多いということだ。

長い出産と入院生活で良かった事があるとすれば、夫が常に協力してくれて精神的にも支えてくれたので惚れ直したことと、病院の食事が予想に反して美味しかったことくらいだろうか。

まだ体も癒えていないし、睡眠不足と慣れない育児で大変なことも多いが、こんなに小さくて可愛いのは今だけなので、このわずかな期間を大いに楽しもうと思う。