相手を見ずに相手の属性を見る、という事

相手を見ずに相手の属性を見る、という事

04/02/2026

結婚した後や子供が生まれた後、友人との関係が変わることがある。私は国際結婚をしてイギリスに移住し、子どもが産まれるという変化の中で、これを経験した。

独身か結婚しているか、子供がいるかいないか等の変化は、その人自身の生活や価値観を大きく変える事もあるので、その変化を考えれば、友人との関係が変わるのは自然な事なのだろう。
結婚したり子供が生まれたりしても、その変化を受け入れつつ、お互いに相手の属性などを過度に気にせず相手に配慮して過ごしていれば、大きな障害にはならないと思う。しかし、今までのようにはいかないことも少なくはない。

例えば大人同士で話したいのに子供を連れて来られたり、相手が子供に興味がないのに子供の話ばかりする等の配慮がない場合、疎遠になっても仕方がないとは思う。また、相手に会うと結婚や子供のことや自分の置かれた環境との差を感じ、どうしても劣等感を抱いてしまう等といった場合も、一時的に距離を置いたほうがお互いのためになる場合もあるだろう。

こういった自分の生活や価値観が変わるような変化があると、縁が切れてしまう友人関係も出てくる。

それぞれの価値観やその時の状況にもよるので一概には言えないが、友人との縁が切れるのは、どちらかが「独身」か「既婚者」か、「子なし」か「子持ち」か等という相手の属性を強く意識して見るようになった場合に起こりやすいように感じる。

相手自身を見るのではなく、「既婚・独身」や「子持ち・子なし」といったフィルターを通して相手を見てしまうと、今までのようなコミュニケーションが取れなくなる。これは双方で起こる可能性がある変化で、自分とは違う立場や環境が気になって、以前のように肩書きや立場など関係のない相手自身が見れなくなってしまうのだ。

私は、そういったフィルターを通して相手を見る・見られるようになってしまったら、もう友人とは呼べなくなるなと思っている。

友人が結婚した、子供が生まれた…と変化があっても切れずにいた縁が、私の国際結婚やイギリス移住になった途端に、縁が切れてしまったこともあった。もしかしたらそれ以前から私は彼女たちにとって既に不快な相手になっていたのかもしれないし、今後は会う機会もほどんどない相手だからと、どうでも良くなったのかもしれないが、15年以上の付き合いがあったのに縁はこうもアッサリ切れるものなのかと、虚しくなった。

私自身はあまり変わっていないつもりであっても、相手は私の属性を見て判断するということを身をもって知った。国際結婚・イギリス移住をしてから、明らかに彼女たちの私に対する対応が変わったからである。ああ、この人達は友人ではなかったかと思って距離を置いたが、自分自身を見てもらえない事を虚しく感じた。

結婚しているから、子供がいるからといって、その人が幸せかどうかは分からない。独身だからといって気楽な立場だとは限らない。独身だからといって孤独だとは限らない。
それぞれ違う価値観を持っていて、それぞれ違う環境にいるのだから、その人がどう感じているのかや、その人の苦しみ等は、その人自身にしか分からないものなのだ。

国際結婚や海外移住をしたからと言って、キラキラした生活が待っているわけではないし、偉いわけでも凄いわけでもない。それによって生活や価値観に変化はあるかもしれないが、相手を知ろうともせずに国際結婚や海外移住というフィルターを通してみられ、一個人として見られなくなってしまう。
国際結婚や海外移住は、結婚や子供の有無とは違った、相手の何かに触れる引き金があるのかもしれない、と感じた。

相手の属性を気にして、相手自身を見ないことはとても失礼な行為だと思う。しかし大人になると、これが一切ない関係を結ぶのは難しくなってくることも分かっている。こうして縁が切れるのは、仕方がない事なのだろう。

そもそもの話だが、相手の属性で態度を変える人とは関わらないほうが良いのだろう。恐らく、役に立つと思えばすり寄ってくるし、役に立たないとなれば切り捨てられる。それは友人とは言わないし、知人にいても迷惑なだけである。