完璧な美しさを求めたら苦しくなるのは当然

22/05/2018

完璧な美しさってあるのだろうか、と考える時がある。

考える度に、それは無いのではないかと思っている。そもそも完璧な美しさとは何なのだろうか。答えは簡単には出ない。どんな時にそういったことを考えるのかというと、美容の仕事で技術を提供していく中で、仕上がりに異常にこだわるお客さんに接した時である。

私は現在まつげエクステの仕事をしているが、これは自まつ毛1本にエクステを1本~(技術によっては)複数本を接着剤で装着していくものだ。かなり細かい仕事で、メイク(化粧)のビューラー・マスカラ・装着本数によってはアイライナーの代わりになる美容技術である。

 「綺麗になりたい」と考えたとき、人は体型やファッション、ヘア、メイクなどに時間やお金をかける。

まつげエクステはその中のメイクの分野で、更にその中のアイメイクの一部の役割を果たすものである。基本的には左右対称の方が綺麗に見えるので、左右のまつげの濃さや長さ、目幅などが均等に見えるように付けていく。

そんな中で、仕上がりにこだわるお客さんの要望にも応えるようにしているが、中にはちょっと病的に仕上がりを気にする人がいる。どの程度かというと、拡大鏡を使って目元を見て産毛の一本まで指示してくるのである。10~15分ほど自分の目元を鏡で見て観察し続け、自分が納得するまで続けるので、こだわり・要求が細かすぎて怖い。

このまつげ一本に対するこだわりは、「完璧に綺麗な自分でいたい」という思いからきているのかもしれない、とふと思ったのだ。この人は無意識のうちに「完璧に整えないと私は美しくない」と思っているのかもしれない、そう感じた時、この考え方は悲しいと思った。

美しい人は細部まで美しいのかもしれないが、完璧に左右対称の顔の人はほぼいないであろう。綺麗・美しいと言われる人でも、パーツ一つ一つをよく見るとちょっとfunnyな部分があるものである。しかし、それが個性であり、その人独自の美しさではないだろうか。

まあ、あまりにも美しい人を目の前にしたら、まつげの1本まで観察したくはなるかもしれないが 笑

そもそも、普通に生きていたら人の顔をまつ毛1本まで細かく見ることなど、滅多にないだろう。また、瞬きしたり目をこすったりしたら、まつ毛の向きは変わるものである。

まつ毛も生え変わるし、毛なので髪と一緒でダメージを受けてしまい、毛の状態が悪くなってしまう事もあり、自まつ毛が綺麗に生えそろっていないと、まつげエクステも綺麗には仕上がりにくくなるものである。また、まつげの生え方や、瞼の形・目を開いた時の見え方が元々左右対称でない人もおり、それをまつげエクステによって整えるのだが、「完璧に」は無理である。

 人間に完璧さを求めたら苦しくなる。

だって、完璧な人間なんていないのだから。だから完璧な美しさなんて、ないのでは?

無いものを求めたら、不満が溜まったり不安になったりするだけである。まつ毛一本にこだわって気にする、まつげに限らずファッションであったり、髪型・メイクなどもそうだが、常に完璧に整っていないと気分良く過ごせない自分というのは、辛くはないだろうか。

自分に対する自信のなさや周りからの目を気にして、そうなってしまっているのかもしれない。それならば、その異常なこだわりの原因が何なのか考えて対処し、その原因を失くす方向に考え方を変えたり行動した方が、幸せに生きられるのではないかなと思うのだ。

そういった異常なこだわりを持つ人は、自分のことしか考えていない人が多いように感じる。自分だけ良ければいい、自分の求めるものが手に入るのであれば、他人の資源(時間、労力、お金など)を奪っても気にしないのである。

 正直に言うと、そういった人とは関わらないのが一番だとは思う。

しかし、そういった人に出会うと、そのこだわりを他に向けてくれれば何か新しい価値を生み出したりできそうなのにな、とも思う。時間や労力のムダ使いに思えてしまって、もったいないな~と。

自分にしか興味のない人に、何言っても意味はないのかもしれないが、完璧な美しさなど求めたら辛くなるので止めた方が良いですよと言ってみたい。まあ、言えないからここで発信しているのだが 笑