イギリス コロナウイルス感染拡大の中で生きる3

今日もコロナウイルス感染を極力避けるため、休日の夫と二人、家の中で過ごしている。

今日は母の日なので通常であれば夫の母に会いに行くはずであったが、会いに行くのは控えた方が良いだろうとの判断で、この後直接会うことはせずにスカイプ経由で会話をする予定だ。イギリスといえば素敵なカード文化があるが、直接会えなくとも影響はない。カードは既に送ってある。

この母の日に関してイギリスのボリスジョンソン首相は、愛する人を守るためにも外出を控えるよう語り掛けていた。

しかし、残念ながらコロナウイルスの危険性への認識が甘い人も多そうだと感じている。昨日、私たちの上の階に住む住人は家族で集まり騒いでいたし、今日夫の姉は子供たちとともにご両親に会いに行くらしい。念のため控えておこう、とは考えないんだなあと思った。

今でもパニック買いは続いているので、トイレットペーパーなどの日用品、市販薬、食べ物は手に入りにくい。パニック買いはしつつも、不要な外出を続けている人は多そうだな…とも思う。ほんの数日前までのロンドンの様子や、私の住む町でも変わらずにマーケットが開かれていたことを考えても、そう感じる。

イタリアのように感染が一気に増加する可能性を考え、政府は懸命に病床や必要機材の用意や離職した元医療従事者の協力を得るなど、できる限りの対策を講じていると思う。でも結局、急激な感染拡大の阻止は、一人一人がどれだけ真剣に受け止めて協力して生活できるかにかかっている。目に見えない、治療法もない未知の相手に対してどう行動するか、慎重に行動するに越したことはないのだから。

だから再三にわたって政府は呼び掛けているのだろうが、関心のない相手には届かない。自分だけではどうにもできないことなので、私も夫もよりいっそう危機感をもって過ごしている。

さて、そんな中、引きこもりの生活がストレスになってきた。

イギリスへ移住してから引きこもりの生活が続いていたが、なぜここ数日でそこまでストレスを感じるようになったのか。

…考えられるのはただ一つ、強制的に引き籠らざるおえない状況だからだ。

自分で好き好んで引きこもっているのと、コロナウイルス感染を防ぐために引きこもっているのとでは、気持ちが全然違う。家の中が大好きなはずなのに、何か嫌で外に出たくなってしまうのだ。

引きこもり万歳な生活をこんな形で否定する日が来ようとは、想像もできなかったぜ。

また、私にとってはコロナウイルスよりも経済的なダメージの方が怖い。感染拡大の心配がなくなっても、経済的にはどうなるだろうかと考えると予想ができないせいか気が滅入る。しかもここは、住み慣れた母国ではない。

ただ、イギリス政府の方針がハッキリしていることや、調べれば数字とともに現状の把握ができる事は良かったと思う。よく分からない不安はなくなるからだ。

日本には大切な家族や友人が住んでいるので日本の動向も気になるのだが、日本政府は都合の悪い数値を改竄することがあるので、調べても当てにならない。こちらの方が怖いのだ。

だから日本で爆発的に感染が拡大しないか心配ではある。持病があり高齢になってきた両親については、特にそうだ。何かあっても直ぐに帰ることはできないのはいつものことなのだが、こういった非常時には更に難しくなることを実感した。

こんな形でストレスを与えられるとは、人生って何があるか分からないものだな。